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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)367号 決定

抗告人 中巨摩精麦有限会社

相手方 上矢仲二郎

主文

原決定を取消す。

理由

本件抗告理由は別紙「抗告の理由」記載のとおりである。

よつて按ずるに、申請人上矢仲二郎、被申請人米山藤夫間の甲府地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一七号仮処分申請事件について、同裁判所は、昭和三二年二月一八日「米山藤夫は抗告会社の取締役兼代表取締役の職務を執行してはならない。右職務執行停止期間中甲府市富士川町一五番地弁護士田上宇平に抗告会社の取締役兼代表取締役の職務を執行させる。」との仮処分決定をなし、更に昭和三二年五月七日「抗告会社が職務代行者田上宇平に対し支払うべき報酬額を金六万円とする。」との決定をなしたことは、本件記録に徴し明らかなところである。

ところで、右のように仮処分により選任された取締役職務代行者の報酬につき何人がその支払義務を負担すべきかは、特別規定がないため問題とされているところであるが、凡そ代行者の職務執行はひつきよう仮処分決定の執行に外ならないし、従つてその報酬も仮処分の執行費用たる性質をもつものと解すべきであるから、民事訴訟法第五五四条により原則として仮処分債務者の負担たるべきものといわなければならない。代行者の執行する職務自体は固より会社の職務に外ならないけれども、特別規定のない限り、この一事を以て会社に仮処分の執行費用たる代行者の報酬支払義務ありとなすべき根拠とすることはできない。しからば本件仮処分の当事者でない抗告会社に代行者の報酬支払を命じた原決定は失当であるというべきである。而して、これに対する不服申立は民事訴訟法第五五八条により即時抗告によるべきである。本件抗告状は普通抗告の方法によつてはいるけれども、即時抗告の期間内に提出されていることは、記録によつて明らかであるから、本件抗告は適法な即時抗告としての効力あるものと認めるべきである。

よつて原決定を取消すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 角村克己 判事 菊池庚子三 判事 吉田豊)

抗告の理由

一、甲府地方裁判所が右原決定表示の如く抗告人へ対し職務代行者田上宇平に支払うべき報酬額を金六万円と決定したが抗告人がその六万円を負担すべき法律上の根拠がないのに拘らず抗告人会社が当然田上宇平に支払うべき事を前提として右の如く決定した事は独断である商法第二九四条により裁判所が検査役を選任した場合には非訟事件手続法第一二九条の三の規定に依り会社をしてこれに報酬を与えしむる事を得、その額は取締役及監査役の陳述を聞き裁判所これを定むとしてあり同法第一二九条の四には右裁判所の決定に対しては即時抗告を為す事が出来る旨明規あるに拘らず商法第二七〇条有限会社法第三二条に依り本件抗告人会社の代表者取締役米山藤夫の職務の執行を停止しその代行者田上宇平を選任した仮処分事件の場合には右検査役選任の場合の如き代行者に支払う報酬の事につき全く明文の法規がない、従つて係る場合には一先づ右仮処分申請者に対しその報酬額相当の予納を命じ然る後に前記仮処分決定をすべきである。

二、右と同趣旨の場合は

イ 未登記不動産の仮処分の場合に職権で保存登記を嘱託するに付き仮処分申請者をして保存登記の費用を納付せしめているかかる場合にはその保存登記の利益は当然仮処分の債務者に帰するのであるが債務者が欲しない処分をするにつき先づ申請人をして予納せしめているのである。

ロ 総べての裁判事件につき相手方へ対する送達料等は一先づ申請人若しくは原告に対し予納せしめている。右各場合は何れも法令に明記しており、若しくは手続規程等に定められてあり、その金額を納付しなければ申立人若くは原告の望む手続を運ばない事になつている。

仍て本件の場合には右実例に則るのが正当であり前記検査役選任の場合に則る事は明文のない限り違法である。

三、特に相手方が申請した前記仮処分事件は昭和三十二年四月二十二日甲府地方裁判所合議部に於て同年(モ)第五四号事件としてその仮処分は取消され、その事件に関する訴訟費用は相手方上矢仲二郎の負担とされている事から考えても右田上宇平に支払うべき報酬は相手方上矢仲二郎をして負担せしむる事が当然であり法を悪用し被害を他に及ぼしたものに対しその損害を賠償せしむる事が理想であり権利の濫用を制限する事にもなる。

右相手方の仮処分に依り抗告人会社は六十二日間に亘り業務上及び全社員が精神上莫大な損害を蒙りその上抗告人の欲せざる代行者田上宇平氏に対する報酬六万円の負担を命ぜられる事は全く意に反する損失である若し抗告人会社がその報酬金を払うべきものとして支払つたとしたらそれは後日相手方へ対して不当な仮処分に依る損害賠償金の一部として相手方へ対し請求し得る事は明瞭である、然りとすれば此の際右報酬金につき直接相手方上矢に対し負担を命ずる事が近道であり無用な手続を省略する事になる。

四、前記仮処分取消の判決理由中にも抗告人会社が右仮処分に依る事業不振から生じた損害又将来生ずべき損害の大なる事を認め取消を容認されたのであり右の如き損害の生ずることを予見して相手方が前記仮処分をした事は明かに不法行為であり抗告人及び米山藤夫は相手方へ対してその損害賠償の請求権があり抗告人会社の受けた損害は実に一千万円以上に達している、かかる場合に不法行為者に対し職務代行者に対する報酬の支払を命じないで被害を受けた抗告人会社へその支払を命ずる事は矛盾も甚しいと云はざるを得ない。

五、要するに結論としては法令に定めのない本件報酬金支払を抗告人へ命ずる事は憲法違反ともなり法治国の民としてもこれを甘受する事は出来ない故原決定の取消を求むる為本件抗告に及んだ次第である。

尚原決定の根拠法がない為これに対し不服申立をする場合に普通抗告か即時抗告かも判然しないが取敢えず明文がない故普通抗告の形に於て本件抗告を致したるも即時抗告の場合に準じて原決定の執行停止の御取計を願います。

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